2012年5月14日月曜日

世界各地へ伝道

今日から三週間ほど、メンバーの大半が伝道しに大学から海外へ行ってしまうので、ミニストリーとしての活動は3週間ほどお休みとなります。6月5日ぐらいに帰ってきます。森春香、福田ダニエル、品末拓真、とミラージョエル。一人一人、色々な所へと行って、毎日通訳者を通して、地元の人にお説教をして、福音を伝えてきます。

森春香はコロンビアへ行きます。
コロンビア共和国は南アメリカ大陸にあるコーヒー、バラ、エメラルド、コカインなどの産地で有名な国です。主にスペイン語を話し、人口の90%はカトリック教を信じています。アンデス山脈の標高により気候は熱帯から寒冷と幅があります。
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福田ダニエルはアフリカへ行きます。
北アフリカのSierra Leoneと言うところに行きます。Sierra Leoneと言いますと、何年か前に公開された映画Blood Diamondの話が実際起こったところです。ダイヤが世界一豊富でありながらも、権力握った者達が多くの不正をしたため、国民は貧乏のままでした。そこで、正義の名を名乗って政府を倒そうとする集団が立ち上がりました。しかし、この集団は15歳以下の子供をさらって、無理やり兵隊として人を殺させたのです。戦争は1991年に始まり、2002年に終わりました。多くの人が死に、苦しみました。一時、世界一貧乏な国となっていましたが、今は着々と立ち直ろうとしています。

品末拓真はキュウバへ行きます。
キュウバは共産党的な国です。この国では、スペイン語を話しています。ものすごく厳しい政府のルールと対応のなか、福音を伝えていきます。

ミラージョエルはインドへ行きます。
インドと言えばカレーです。いまでも、男の人と女の人の社会的重要さがはっきりと分かれています。男の人のほうが偉いと言う考えが文化の一部となっているそうです。教会でも、男の人が椅子に座っていながらも、女の人は床に座るなどと言うこともあるそうです。

これから、3週間世界各地へと福音を伝えて行きますので、私たちためにお祈りしていただければ、感謝です。伝道から帰ってきたら、また色々と報告しますので、楽しみにしていてください。

05-14-2012
南からのお便り



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2012年5月11日金曜日

ゴスペル手品1


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神様が私を抱き起こす(You raise me up)

When I am down, and oh my soul, so weary
When troubles come and my heart burdened be
Then, I am still and wait here in the silence
Until You come and sit awhile with me

You raise me up, so I can stand on mountains
You raise me up, to walk on stormy seas
I am strong, when I am on your shoulders
You raise me up--to more than I can be

There is no life--no life without its hunger
Each restless heart beats so imperfectly
But when you come and I am filled with wonder
Sometimes, I think I glimpse eternity


私が、どん底で、魂が疲れているとき、
試練が訪れ、私の心が重くなったら
その時、私は動かないで、あなたを沈黙の中待ち望みます
あなたが私と一緒に座るまで、待っています。

私が山の上に立てられるように、あなたは私を抱き起こし、
私が嵐の中を歩けるように、あなたは私を抱き起こし、
あなたの肩の上にいるときに、私は強いのです。
今の自分を乗り越える為に、あなたは私を抱き起こしてくれます。

命はない、空腹なしでは命はない。
一つ一つの心忙しい心が不完全にひびく、
しかし、あなたが来たら、私は感嘆でいっぱいです。
時々、私は、永遠と言うのを見ている気がする。

翻訳:福田ダニエル
歌:You Raise me up by Selah

この、歌が流れている最中、画像に英語の文字が沢山書かれているのは、実は全部聖書からの聖句です。出てくる聖句を一応、順番どおりに日本語でリストして見ました。合計35節あります。後で、興味ありましたらいくつかの聖句を読んで、元気を出して下さい。
詩篇5章3節
詩篇90章1-2節
詩篇107章9節
イザヤ章41章10節
雅歌8章6節
エペソ人への手紙6章10節
コロサイ人への手紙1章18節
ガラテヤ人への手紙6章9節
コリント第二の手紙1章3-4節
詩篇34章17節
ルカによる福音書9章26節
コリント第一の手紙15章58節
詩篇93章3-4節
コリント第一の手紙1章25節
歴代志上16章10節
詩篇62章7-8節
雅歌8章6-7節
エレミヤ書17章7-8節
テサロニケ人への第二の手紙3章3節
ネヘミヤ記9章5節
ローマ人への手紙8章13-14節
ローマ人への手紙5章3-4節
エペソ人への手紙6章22節
ヨハネによる福音書6章35節
エゼキエル書36章26-27節
申命記7章19節
コリント人への第一の手紙15章54節
ヨハネの第一の手紙5章20節
サムエル記上11章9節
ローマ人への手紙15章1節
ルカによる福音書1章68-70節
ピリピへの手紙4章8節
ピリピへの手紙1章9-10節
ヨシュア記1章9節
詩篇27章1節

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2012年5月10日木曜日

釣りとクリスチャンの人生にある意外な共通点。

 僕は魚が好きで、よく大学の近くにある川や湖へ釣りに行くことがあります。釣りを始めたきっかけは「魚を近くで見たい」という小さなものでしたが、経験を重ねていく中であることに気づきました。それは僕たちクリスチャンの生活と、釣りの間には意外な共通点があるというものでした。

 一つ目は物事を分析し、判断するということです。僕がする釣りはルアーフィッシングといい、疑似餌をまるで生きている小魚のように動かし、それを餌だと思った魚を騙して釣るというものです。ですから自分の実力によって釣果は左右されます。釣り場に行く前にすること、それは釣り場の環境や地形などを知ることです。その釣り場の魚は何を食べているか、水中温度はどのくらいか、気圧の変化はあるか、どこに魚がいるか、どんな色に反応するか….などがあります。このようにまず情報収集をインターネットや知人などからすることが大切です。これらをすることによって、効率のよい釣りができ、確実に魚を捕まえることが出来ます。この釣りにおいての分析と判断をクリスチャンの生活に当てはめると、それは聖書を日々勉強し、答えを見つけるためにお祈りする事になります。私達は聖書を研究することによって、何が正しくて、何が悪いのかを知ることが出来ます。神様が私達に神様の弟子として何を求めておられるかということも、聖書によって学ぶことが出来ます。第二のテモテの手紙 3:14−16には、このように述べられています。
  
自分が学んで確信したことから離れてはなりません。あなたは、それをだれから学んだかを知っており、また、自分が幼い日から聖書に親しんできたことをも知っているからです。この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。
 
 私たちは聖書を勉強する事によって、どのように救われるのかを知り、人々にその知識を教えらえるようになるのです。何も情報を知らないで釣り場に行って効率よく釣りが出来ないように、クリスチャンも聖書研究なしで神様に正しく従うことや、人々に伝道することは出来ません。まず大きな魚(救い)を手にするには、魚や釣り場(聖書が伝えている事)を知る事です。
 釣りを始めて、魚が釣れたらとても楽しいものです。しかし、そう簡単に上手くいくことはほとんどありません。せっかく色々な情報を集めたのに、なかなか釣れない。この状況に陥ったとき、釣り人は二つの内どちらかの行動をとります。一つは「釣りをやめる」で、もう一つは「忍耐して、釣りを続ける」です。釣りのプロの人たちが必ず選ぶのは2つ目の「忍耐」です。彼らは自分の技術をあげるために、たくさん忍耐して諦めずに釣りを続けてきました。 どんなに聖書を勉強して何が正しいかを知っていても、私達は罪人で弱く、神様が教えられていることをするのは難しいです。かなり難しいです。そういう時に現実から逃げて、自分を変える事を諦める人もいれば、逆に最後まで諦めず、神様に頼ることで自分を変えていただく人も居ます。

わたしの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。あくまでも忍耐しなさい。そうすれば、完全で申し分なく、何一つ欠けたところのない人になります。」ヤコブの手紙1:2−4

霊の父(主)はわたしたちの益となるように、御自分の神聖にあずからせる目的でわたしたちを鍛えられるのです。およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。ヘブライ人への手紙12:10−11

 周りの人はたくさん魚を釣っていたのに、自分だけ一匹も釣れなかったという経験をした事があります。でもその釣りの後、自分はなぜ釣れなかったのかもう一度研究して、自分の足りない部分を学ぶ事が出来ました。もし私達が聖書に教えられている事をうまく実行できないときは、もう一度聖書を勉強して、なぜ出来ないのかを調べる必要があります。そして、神様の力を信じて忍耐することがクリスチャンとして成長することにつながるのです。
 ある人はこう思うはずです。なぜ忍耐できるのか。ルアーフィッシングにおいて忍耐できる人は、自分の実力を信じている人、魚が捕れると最後まで信じている人です。それができるのは、その人がものすごく釣りを愛しているからです。同じように、忍耐できるクリスチャンはどんなに大きな試練にあっても、神様を心から信じ、乗り越えられる事を信じています。それは、彼らが心から神様を愛しているからです。 ただし、釣り人とクリスチャンの違うところは、釣り人は自分自身を信じますが、クリスチャンは神様を信じるというところです。成熟したクリスチャンは、どの様な逆境においても神様を信じ、忍耐することで救われるということを信じています。

の御心を行って約束されたものを受けるためには、忍耐が必要なのです。」ヘブライ人への手紙10:36
しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」マタイによる福音書24:13

 可能性を疑い、魚が捕れないと思う人に魚が捕れるわけがありません。同じように、神様の存在を疑う人に、神様からの恵みを感じることは出来ません。クリスチャンとして成長するためには、まず心から神様がいることを信じ、神様を愛することです。なぜなら、それが信仰の大前提だからです。

最後にひとつの聖句、マタイによる福音書4:19を紹介したいと思います。

イエスは、『わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう』と言われた。

 イエス様を信じ、愛することにより、イエス様はあなたを罪という底なし沼から引き上げてくださいます 。そしてあなたがイエス様の弟子となったのなら、あなたがかつていた底なし沼で溺れかけて苦しんでいる人たちに、イェス・キリストと共に手を差しだして、彼らを引き上げ、救うことができるのです。魚が釣れただけでもとても嬉しいのに、いままで神様を知らなかった人が罪から引き上げられたら、もの凄く嬉しいはずです。みなさんは人間をとる漁師になりたいですか?
作者:西野貴基
編集者:品末拓真
05/10/2012



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ダニエル書 -全体の流れとあらすじ

ダニエル書 -全体の流れとあらすじ
1.ダニエル書は聖書の中で一番長い予言が書かれています。
2.ダニエル書9章には、メシア、救い主がいつ地球に来るかはっきり書かれています。
3.イエス様はダニエル書を勉強して理解するようにと弟子たちに教えていました。
4.ヨハネの黙示録を知るには、ダニエル書を理解する必要があります。
5.ダニエル書は、聖書の中で唯一封印されていた予言の本です。しかし、今はもうその封印がとかれて、誰でも聖霊と共に聖書を真剣に勉強すれば、理解する事が出来ます。
ダニエル書は12章あり、前半と後半に分かれています。1章から6章はお話です。7章から12章までは予言です。もちろん、ところどころに予言とか話が混ざっていますが、大体は前半と後半に分かれています。
ダニエル書には六つのお話と三つの予言が書かれています。
六つのお話
1章      - イスラエルの人たちがバビロンに占領される。
2章      - 未来を示す銅像の夢
3章      - 燃える炉
4章      - ネブカデネザル王が天の神様を認める
5章      - 壁に書かれるメッセージ
6章      - ダニエルとライオンの洞穴
三つの予言と説明
2章 - 予言と説明
7章      - 予言と説明
8章      - 予言と説明
9章から12章 - 8章の予言の詳しい説明
ダニエル書は1章から2章4節まではヘブライ語で書かれています。2章4節から7章の終わりまでアラム語で書かれています。8章から12章までは再びヘブライ語で書かれています。
                面白い事に、ダニエル書は同じようなテーマが最低で2回繰り返されています。たとえば2章と7章、3章と6章、4章と5章、大体同じようなテーマです。同じように1章と12章、8章と11章、9章と10章も大体同じようなテーマです。
Chiasm Structure) 交叉
アラム語の交叉
2章と7章 -神様がこの世の中を納めています。神様は歴史の流れをすべてお見通しです。
3章と6章 -神様を認めそして忠実に神様を従う結果。
4章と5章 -プライドを持ちすぎる結果。神様のお力を退ける結果。
Chiasm Structure 交叉
ヘブライ語の交叉
1章と12章 -バビロンが強くなり始め、ミカエルが立ち上がる。
8章と11章 -予言されている王国と神様の民の歴史的流れと関係。
9章と10章 -神様は心がこもっている必死なお祈りに対応する為に天使たちを私たちのもとへ送ります。

ダニエル書はどうやって、神様の王国が築き上げられるか説明しようとしているのです。そして、どういう人たちが神の王国の民になるのかを説明しているのです。本当に心から神様の事を従う人たちを心から神様の事を従ってない偽者の人たちから分ける方法も説明されています。
イエス様はダニエルを信頼できる預言者として認めていました。そして、ダニエル書に描かれてる予言を正確で信頼できる予言として扱っていました。(マタイ24章15節)ですから、そのイエス様がぜひ勉強して理解してくださいと言っていた本を共に勉強しましょう。



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聖所って何?

  聖所を理解する事で聖書の予言、教会の使命、神様の計画をもっと理解する事ができます。聖所とは、旧約聖書でイスラエルの民が神様を礼拝し賛美するために使っていた場所です。詩篇に書かれているアサフの歌を少し読んでみましょう。


アサフの歌 “神は正しい者にむかい、心の清い者にむかって、まことに恵みふかい。しかし、わたしは、わたしの足がつまずくばかり、わたしの歩みがすべるばかりであった。これはわたしが、悪しき者の栄えるのを見て、その高ぶる者をねたんだからである。”
詩篇73編1-3節
アサフは悪しき者が栄えるのを見てねたみ、不満でした。
見よ、これらは悪しき者であるのに、常に安らかで、その富が増し加わる。
詩篇73編12節
アサフは、なぜ悪しき者が安らかで幸せそうな人生を送っているのか、と疑問に思ったのです。悪しき者を見てうらやましく思いました。自分も悪いことをして、安らかで豊かな生活がほしいと思ったのでしょう。悪い事をしている人たちが満ち足りた生活をしていたら、それは誰だって不思議に思い、又うらやましく思います。しかしアサフは神の聖所を見て、その考えが変わりました。神の聖所に行き、自分が悪しき者になる必要がないと理解し、納得したのです。
わたしが神の聖所に行って、彼らの最後を悟り得たまではそうであった。
詩篇73編17節
 そうです。アサフは神の聖所を見る事で、悪しき者の終わりを悟ったのです。さらにアサフは、正しく清い道を歩くほうが結果的にはいい未来につながる、と聖所を通して理解しました。
神よ、あなたの道は聖である。われらの神のように大いなる神はだれか。
詩篇7713節 新共同訳聖書 7714
詩篇77章13節を読みますと、『あなたの道は聖である』と書いてあります。しかし、もとの言語(ヘブライ語)で読んでみますと『聖』は『聖所』とも訳せます。要するに、『あなたの道は聖所である』とも言い換えられるのです。大いなる神様の道は聖所なのです。では一体なぜ聖所が神様の道なのでしょうか?聖所はそんなに特別なのでしょうか?出エジプト記に素晴らしい話が書いてあります。モーセとイスラエルの人たちがエジプトを出て荒野をさまよっていた時、神様はこう言いました。
また、彼らにわたしのために聖所を造らせなさい。わたしが彼らのうちに住むためである。
出エジプト記25章8節
聖所が作られた理由は、神様がイスラエルの民と一緒に住みたかったからなのです。更に出エジプト記を読んでいきますと、イスラエルの民が聖所を神様のために作り、神様が聖所の中で暮らしていたという事がわかります。出エジプト記40章には聖所の中に置いてあった物、そして神様がイスラエルの民とどの様に暮らしていたのかが書いてあります。出エジプト記40章34-38節によりますと、聖所は神様の栄光で満ちており、荒野の中をさまようイスラエルの民は暑い日中は雲に覆われ、冷え込む夜は暖かい火で守られていました。なぜなら、神様が彼らと共に暮らしていたからです。
神様は今日でも、我々と一緒に暮らしたいのです。しかし、聖所は我々の近くにはありませんし、これを読んでいる多くの方はイスラエル人ではありません。でも心配はいりません。イエス・キリストの十字架での犠牲により全人類に、場所や人種に関係なく神様と共に暮らすチャンスが与えられているのです。詩篇77編13節にある通り、聖所は神の道です。聖所の中に置いてある物は一つ一つに深い意味とメッセージがあります。聖所のことをもっと勉強し、理解する事で我々の人生の目的や救いの計画、教会の歴史の流れ、イエス・キリストの人生について分かりやすく、更に詳しく理解する事ができます。ですから、これからいくつかの記事を通して共に聖所について学んでいきたいと思います。聖所シリーズを楽しみにしていてください。それまで日々祈り、楽しみながら聖書研究をして毎日を過ごしていきましょう。
作者:福田ダニエル
編集者:品末拓真 
05/10/2012

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ダニエル書って何?

 ダニエル書はダニエルという予言者によって書かれた本です。英語では、ダニエル書や予言についての記事や本が沢山あります。しかし日本語では、あまりダニエル書や予言についての記事や本がなかったので、ダニエル書シリーズを書き始める事にしました。ダニエル書には合計12章あります。一章ずつ、分かりやすく説明する為に2012年の3月から記事を書き始めました。

 ダニエル書では、神様がものすごく貴重な情報を終わりの時代に住んでいる人たちのために預言者ダニエルを通して書かれた本です。私たちが書いた記事を通してもっと聖書や予言を学ぶ助けになればうれしいです。しかし、我々が一番に望んでいることは、あなたがイエス・キリストという人類の救い主を心から受け入れ、愛と希望と喜びで満ちた人生を一日も早く生きる事です。忙しい中だとは思いますが、ぜひダニエル書を読み、勉強してみてください。

**今のところは、9章についての記事まで書きました。10-12章はもっと分かりやすく書く為に研究中です。それまで楽しみにしていてください。

05/10/2012


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