2013年3月6日水曜日

不安に押しつぶされそうなとき



先日、今学期残りの予定を全てカレンダーに書き出していました。宿題や行事等が主でしたが、書き終えるだけで、これから先のことに思いやられ疲れてしまいました。「やらなければいけない事は沢山あるし、決めなければいけない事も沢山ある。どうすればいいのだろう?」そう考えるだけで、「全くやっていける気がしない」と気が参ってしまいました。しかしそれと同時に、「僕は本当に神様に信頼しているだろうか?」という疑問が生じました。自分が何をすれば上手くいくのかとずっと考え、しかしどれも上手くいかなさそうに思え落ち込んでいたからです。自分では手に負えないものを自分でどうにかしようとしても、結局はどうにもなりません。その手に負えないものを思うたび不安にさいなまれるだけです。フィリピの信徒への手紙4章6,7節にはこう書かれています。「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」僕は自分の全てを神様に捧げたつもりでしたが、まだ自分で自分の人生をコントロールしようとしていたのだと気づきました。そして、神様に全ての不安を打ち明けたとき、「神様なら余裕で何とかしてくれるだろう」と確かに心に平和が訪れました。神様はその独り子を賜ったほどに僕を、あなたを愛されています(ヨハネによる福音書3章16節)。この愛の神様に助けを求めるとき、神様は必ず道を開いてくださいます。(コリントの信徒への手紙一10章13節)。自分の力で解決しようなどと思わず、信仰をもって神様と共に歩んでいきたいです。
この地球の創造者が僕の悩みに耳を傾けてくれる。感謝。


「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」
ヨハネによる福音書3章16節

「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」
コリントの信徒への手紙一10章13節

著者:品末拓真

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