2012年12月21日金曜日
ドウェイン・レモンの証 17 ~結び~
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
今からひざまずいてお祈りします。もし心から罪の赦しを求めるならば、イエス様はわたしたちのどの様な罪でも赦してくださいます。罪人としてひざまずいてお祈りしても、お祈りの後には聖なる者として立ち上がることができるのです。皆さんにそのことを体験して頂きたいです。サタンは、「お前の罪は許されない。神様の律法をすべて守って、聖なる者と認められ、天国に行くことなんてお前にはできない。」とささやき、人々を惑わします。しかしマルチン・ルターが言ったように、「その通り、わたしは罪深いです。弱さもあります。しかしわたしのために死んでくださった方がいて、今では天を治められているのです。そして彼はわたしの仲介者です。彼によって、わたしは神様の愛する者とされているのです」とわたしたちも言いたいです。
みなさんはこのメッセージを信じますか?もし信じるなら、その場で立ってください。ダニエル書12章に、イエス様はわたしたちのために立ち上がられると書いてあります。もし今あなたがイエス様のために立ち上がったのなら、イエス様も皆様のために立ち上がられました。そして、今みなさんのすぐそばにおられるのです。辛いことがたくさんあるかもしれません。試練が襲ってくるかもしれません。しかしイエス様は、「どうやって自分の試練に立ち向かうか、そして十字架を負うかをわたしは知っている。教えてあげよう。わたしと一緒に歩みなさい。」と招いておられます。みなさんがイエス様と歩むことを願っています。わたしもイエス様と歩みたいです。今こそ心からクリスチャンとなるべき時です。心からです。今、神様の御前にひざまずき、神様に心を尽くしてお祈りしましょう。
「天の父なる神様、あなたのために立ち上がった人たちをあなたは見られました。神様、わたしたちはまだ想像することしかできませんが、天国に感謝します。天の御使いたちは「ハレルヤ!」と叫んでいます。なぜなら、この中にいる人たちが今日、あなたに従う決心をしたからです。あなたのために生きたいです。神様、毎日わたしを暗闇から引きだし、あなたの偉大なる光のなかに導いてくださっていることを感謝します。そして、わたしたちの友人、兄弟姉妹一人ひとりのためにお祈りします。あなたは、彼らを暗闇から引き出すこともおできになるからです。わたしたちの決意を固めさせてください。聖霊で満たしてください。あなたの御心が行われますように。また、わたしたちの罪を赦してくださり、ぬぐいとってくださったことを感謝します。わたしたちが死ぬ時まであなたに忠実でいられますように。そして義と認められますように。イエス様の非の打ち所のない人生に感謝します。イエス様のようにわたしたちも生きられますように。この感謝と祈りをイエス様の御名を通してお祈りします。アーメン。」
おわり
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年12月20日木曜日
ドウェイン・レモンの証 16
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
「イエス様がいつ来られても大丈夫。わたしたちが罪の中にいても、全員救ってくださるのだから。」聖書はそう言っているでしょうか?イエス様は、罪の中にとどまると決めた人たちを救うことができますか?マタイによる福音書1章21節にこう書いてあります。「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」「罪から救う」と書いてあります。罪から救ってくださるということは、人間に与えられている最高の祝福であり福音です。みなさんは、今どれだけ多くの人が罪に縛られて生きているかご存知でしょうか?わたしはいま長老として働いていますが、その前にも様々な役目を教会で担ってきました。しかし、実際にわたしも罪深く、罪の中に生きていました。たとえ朝に登壇してお説教をしたとしても、夜には罪の暗い洞窟へと入ってしまっていたのです。セブンスデー・アドベンチスト教会員でありながらです。わたしはいつも青年たちに伝えます。「君たちがどんな状況に対面しているかよく分かるよ。」そして大人には、「皆さんが、いつもこうあるべきだ、という理想像を掲げて、それに少しでも近づけるようにクリスチャンをただ演じているだけの人もいます。」と言います。イエス様は今日わたしたちを救いたいと思っておられるのです。愛する兄弟姉妹であるみなさん、もしかしたらみなさんは偶然このお話を聞いていると思うかもしれません。しかしわたしは、神様が皆さんの手をとってここに導いてきて、必要なメッセージを聞かせようとこの場に集わせてくださったと信じています。
今日はわたしの証でしたが、みなさん一人ひとりにも自身の証があるはずです。そして、みなさんがもっているその証を必要としている人がどこかにいるはずなのです。なぜなら、人々は困難の中にあるからです。私自身、このように神様のメッセージを伝える人になるとは想像もしていませんでした。わたしがここまで神様に委ねるようになるとは思っていませんでした。しかし、これが神様はよい方であることを証し、わたしたちを悔い改めへと導いてくれます。
みなさん、わたしは自分が罪びとではないと言っているのではありません。わたしは自分の弱さを知っています。わたしは今まで以上にイエス様が必要だと実感しています。毎日が上り坂のようです。しかし上り坂も毎日上り続ければ、いつかは頂上にたどり着きます。イエス様は、わたしたちに上り続けるようにと励ましておられます。神に従う人は七度倒れても起き上がります(箴言23章16節)。どんな罪が皆さんを縛り付けているかは関係がありません。イエス様は、みなさんにその罪に対する勝利を与えることができます。ただわたしたちがそれを受け入れる必要があるのです。よく聞いてください。みなさんのお父さんやお母さんは、いつも完璧な模範ではないということを理解しています。そしてお父さんやお母さんである皆さん、皆さんはたまに困難の中にあって、自分とイエス様との関係を修復しようとしておられる時があるということを知っています。そして青年たち、この世の中には魅力的でわたしたちの気を引くものがたくさんあります。しかしイエス様は、もうすぐ再び来られるので、真実を手放さないようにしっかりと握っておくようにとわたしたちに命じられました。
つづく
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年12月19日水曜日
ドウェイン・レモンの証 15
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
わたしが今から話すことは、特に聖書を教える立場にある人によく聞いていただきたいです。わたしはある告白をします。わたしが教会へ通い始めて伝道に力を入れ始めた頃、わたしがお説教のために登壇すると、そこはわたしのためのステージになっていました。サタンは簡単には諦めません。何百年も前にコンスタンティンに使った手法を、サタンは今日も使っています。サタンは、迫害の効果が無いなら、異教徒の教えをクリスチャン風に仕立てて、人々を神様から引き離そうとしてきました。日曜礼拝もその一つです。愛する兄弟姉妹たち、サタンは今日、わたしたちにも罠を仕掛けてきているのです。
わたしはお説教の時、会衆を感心させるためだけにたくさんの聖句を引用しました。会衆はそれを好んでいました。人々がわたしを誉めれば、わたしは、「神をたたえよ」と謙遜なふりをしました。わたしは人に見られることが、そして自分のお説教に様々なコメントを頂くことが大好きでした。わたしは福音を自分の栄誉のために伝えていたのでした。
しかしある日、主はわたしに示されました。「息子よ、もし本当に救われたいのなら、あなたは、人々から承認を受けたいという願望を完全に手放しなさい。」
わたしにとってイエス様は十分でなく、自分と同じような罪深い人間から「あなたのやっていることは神様の仕事だ。」と認めてもらいたかったのでした。わたしが説教をすることで天国にて喜びが起きているということも、わたしの心を満たしませんでした。「アーメン!」と自分の言っていることは正しいと確証してくれる人を欲していたからでした。
神様はわたしの心に語りかけました。「今あなたがしていることは、ヒップホップゴスペルダンスで福音を伝えるふりをして名誉を求めていた時よりも忌まわしい。なぜなら今あなたは、わたしの言葉を用いて自分を高めようとしているからだ。」
神様はわたしが謙遜になるためにあることをしました。どんな方法だったと思いますか?わたしはいつも「人から認められたい、受け止められたい。」と思っていました。神様は、「わたしの教会は危機の中にある。だから、わたしと人々を本当に愛しており、真実を語る人が必要である。そのメッセージは必ずしもみんなに受け入れられないかもしれないし、評判は良くないかもしれない。しかしイエスの愛が人々の心を動かす。真実を伝える事、それが天から定められた働きである。あなたはもう会衆を楽しませる人ではない。わたしの言葉を愛をもって率直に人々に伝えるのだ。もうすぐわたしは再び来るから、わたしの人々の準備ができていてほしい。」とわたしに語りかけたのでした。
わたしはその言葉を受け入れて、聖書に書かれている真実を伝え始めました。すると、人々の注意を引くことに専念していたころとは違い、わたしが話していることを受け入れない人も出てきました。自分の生き方を妨害するようなメッセージを聞いたとき、人はそのメッセージを拒否するのです。そして神様は、わたしが人々から支持を得たいという欲望を手放すにはそれが一番いい方法だということを知っていました。神様のメッセージを伝え始めてから、わたしはイエスを信じるという事を学びました。そして真実を伝えるとはどういうことかを学びました。それはいつもうまくいくわけではないですし、否定されることもあります。しかし、イエス様はもうすぐ来られるのです。
つづく
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年11月18日日曜日
ドウェイン・レモンの証 14
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
つづく
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年11月11日日曜日
ドウェイン・レモンの証 13
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
わたしは教会へ行き始めてからも、しばらくダンスを続けていました。ある時、ラッパーのヘヴィーDから電話がきて、「カリフォルニアへツアーに行くからお前にも来てほしい。」と頼まれました。わたしはまだイエス様に完全に人生を捧げていませんでしたが、「金曜日の夜、お休みをくださるのなら行きます。」と答えました。しかし彼は、「それはできない。金曜日の夜は踊って、それから部屋へ帰って土曜日は安息日として休んでいい」と言いました。わたしは金曜日の夜にダンスをするという条件をのみました。イエス様に背を向けたのです。わたしはツアーへ行き、安息日も踊っていたのですが、その中でイエス様が恋しいという思いを経験しました。イエス様と本当の関係を築きたいと思っていたからです。
ペンテコステ教会に通っていた時に習慣づいたことのなかで、聖書を適当にパッと開いて、そのページ上を指で適当に指し、その指した聖句を勉強するというものがありました。ある金曜日の夜、わたしはこれからダンスをしないといけないと分かっていました。だから安息日は守れないけれど、今は神様との時間を持とうと思い、聖書を開いて適当に指を指してみると、箴言28章9節にあたりました。そこには「教えに耳をそむけて聞こうとしない者は その祈りも忌むべきものと見なされる。」とありました。それが、わたしの指した聖句でした。わたしは聖書を閉じ、「今は礼拝すらできない…。」と思いました。「忌むべきものと見なされてしまう」と思ったからです。わたしはこれから罪を犯すと分かっていました。いわゆる不正です。不正行為は知らずに犯してしまった罪ではなく、前もって計画された罪です。不正を行う人は、罪を犯す前にそれが罪だと知っています。ヘブライ人への手紙6:5-6には「神のすばらしい言葉と来たるべき世の力とを体験しながら、その後に堕落した者の場合には、再び悔い改めに立ち帰らせることはできません。神の子を自分の手で改めて十字架につけ、侮辱するものだからです」とあります。わたしは結局その晩、礼拝すらできませんでした。
ツアーが終わり、次のツアーが始まる前にわたしは教会へ行きました。そこで、神様に忠実であるということをテーマにしたとても力強いお説教を聞いたわたしは、ヘヴィーDに電話をかけ、「よく聞いてください。わたしはこのツアーには行けません。」と伝えました。彼は「お前は頭がおかしくなったのか?!このツアーでお前は有名になれるんだぞ」と言いましたが、わたしは「わかっていますが、いけません。」と答えました。彼は更に「仕事がなくなってもいいのか?」等々言ってきましたが、わたしはそのまま電話を切りました。
それからわたしはヒップホップゴスペルダンスをはじめました。様々な場所でヒップホップゴスペルダンスをして歓声を浴びましたが、ステージから降りた後にはいつも変な気分になりました。なにか間違っているような気がしたのです。見に来た人たちはわたしに電話番号を渡してきましたが、聖書には興味がありませんでした。彼らはイエス様については話してこず、「あのスピンどうやってやるんですか?」と聞いてきました。そこでわたしは、神様にあるべき栄光と誉れがわたしに向けられてしまっていることに気付いたのでした。
つづく
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年11月4日日曜日
ドウェイン・レモンの証 12
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
ある男の人が私の家に来て聖書を一緒に勉強してくれることになったので、わたしは「神様、このかわいそうな男を助けてください。わたしは彼を質問攻めします」と祈りました。神様はとても素晴らしいお方です。わたしたちがどんな状況にあっても、その場所でわたしたちに会ってくれます。その男は、ジャマイカ出身のムーゲン・モーガンという小柄な男でした。わたしが質問をする度、彼は興味深い答え方をしました。例えばわたしが、「イエス様はなぜ人の子であると同時に神の子であるのですか?矛盾しているでしょう!」と言うと、彼は「とてもいい質問だね。君は深く物事を考える」と言いました。ムーゲン・モーガンはとても賢い人でした。彼が「とてもいい質問だね。」というので、わたしは「そうだろう!」と思いました。すると彼は、「聖書のこの箇所を読んでみて」と言ったので、そこを開いてみると、わたしの質問に対する答えが書かれていました。わたしは「すごい…」と思いました。彼はいつも聖書から答えをくれました。「それならこれはどうですか?」と次々に彼に質問を投げかけると、彼は毎回、「とてもいい質問だね。君は本当に真実が知りたいんだね。それじゃあ聖書のこの箇所を読んでみて」と言いました。どれだけ質問しても聖書から答えを引用できるので、彼は手品をしているのではないかと思うほどでした。わたしは、聖書のどの本の何章何節に何々があると正確に記憶している人に出会ったことがありませんでした。原稿やメモに聖句の箇所を書いている人はいましたが、ムーゲン・モーガンはそれらをすべて記憶していたので、ぱっと答えがでてきました。わたしは、「どうしたらそういうことができるのですか?」と聞くと、彼は、「神様を愛している人は、神様と過ごす時間と神様の言葉を学ぶ時間をもつんだよ」と答えました。
1か月ほど後にわたしはバプテスマを受け、セブンスデー・アドベンチスト教会に加わりました。わたしはすぐに、昔ダンスを一緒にしていた友達のデミエンの所へ行き聖書を一緒に勉強し、彼もバプテスマを受けました。そして彼と一緒に近所を一軒ずつまわり、他の友達たちとも聖書を勉強し始めました。わたしたちはお互いに電話を掛け合い、わたしが友達に、「イエス様は神様じゃないとわかった。聖書に、イエス様が『わたしの父なる神はわたしより優れている』と言ったと書いてあるよ。イエス様が神様ほど優れていないなら、どうしてイエス様が神様になれるのか。どうやって証明する?」と聞けば、友達は、「それじゃあ聖書のここを見てごらん。イエス様は父なる神様と等しかったと書かれているよ。そこから更に読むと、イエス様はへりくだり自分を低くした、とある。すべての主人は僕にまさると書いてあるように、イエス様はこの地上で人間であったとき、自分のやりたいことではなく神様の御心を行うためにきたので、『父なる神様はわたしより優れている』と言ったんだよ」と答え、お互いをテストしあっていました。何度も電話をかけあい、互いに質問しあいながら御言葉を学びました。わたしたちはとても興奮していました。聖書はわたしに命を与え、それを読むことに興味をくれました。高校中退であったわたしは高等学校卒業程度認定試験を受け、後に短期大学士をもらうに至りました。
つづく
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年10月28日日曜日
ドウェイン・レモンの証 11
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
数日後、友達が家にやってきて、「わたしが見つけたものを見て!道路に落ちていたわ。」と言いました。それは広告でした。皆さん、よく道ばたに広告が落ちていると思いますが、あなたはそれを拾いますか?それにどんな恐ろしい菌がくっついているか、知れたものではありません。ところがわたしの友達は、なぜかその広告を拾ってきたのです!
ここでわたしは一つ、みなさんに打ち明けなければなりません。わたしはその頃、黒人である自分に対する見方に問題がありました。イスラム教の人たちとたくさんの質問を投げ合い、議論しているときに彼らはわたしにこう言いました。「じゃあ君に質問しよう。もし君がそんなにキリスト教を信じると言うなら答えてくれ。なぜ天使たちは白人で、イエスも白人で、モーセも白人なのだ?まるで聖書に出てくる人はみんな白人みたいだ。ただ唯一の黒人は、イエスの十字架を運んだキレネ人のシモンだけ。なぜだ?何かおかしいと思わないのか?」彼らはこういう毒々しい考え方をわたしの脳に植え付けていました。
それでは、わたしがイスラム教に傾いていたとき、神様がどの様にしてわたしのいたその場所で会ってくれたかお話しましょう。わたしはどれほど神様を愛しているか!神様は、私たちが今いるその場所に来てくれます。神様は当時のわたしがどういう考え方をしているかよくご存知でした。その頃わたしは、スティーブン・マルクメスというロックミュージシャンをものすごく尊敬していました。彼の知的なトークや、物の見方が大好きでした。再度言いますが、神様は、今あなたがいるその場所で会ってくれて、あなたを引き上げてくださいます。神様はとても素晴らしいかたです。では、神様がわたしに何をしてくださったか言いましょう。わたしの友達が拾ってきたその広告には、誰かの顔写真が載っていました。そして、その顔はマルクメスの顔にそっくりでした!それを見たとき、「クリスチャンの人だけど、マルクメスにそっくりだ!いい知らせだ!」と思いました。その広告は、わたしの家から15分離れた場所で持たれるテント集会の宣伝でした。初日の夜の題名は「アフリカ系アメリカ人と豚」でした。「これは行ってみなくては!」と思い、わたしはその土曜の夜、集会所へ行ってみました。説教者は、スティーブン・ウィリアムズ牧師という人でした。彼はレビ記11章からお説教をしていました。豚は清くないものだと言ったので、イスラム教を勉強していたわたしは「その通りだ!このクリスチャンたちに言ってやれ!教育してくれ!豚を食べないように言ってやれ!」と思いました。ところが、ウィリアムズ先生は、「それから、海老、伊勢海老、カニも」と言ったので、わたしは「何っ?!」と思いました。そんなことは一度も聞いたことがなかったからです。イスラム教徒たちは、豚は食べませんが、海老やカニは食べていました。そこで聖書を見てみると、確かにそう書いてありました。それからウィリアムズ先生は、もっと詳しく聖書を解説しはじめました。わたしは、今までにこんな話し方をするクリスチャンに出会ったことがありませんでした。何故なら、彼は言った全てのことを聖書で証明できたからです。
その集会の後、わたしはウィリアムズ先生に話しに行きました。「こんばんは、あなたたちは何者ですか?こんなことは一度も聞いたことがありません。」と言うと、彼は、「わたしたちはセブンスデー・アドベンチストです。」と答えました。わたしが「なんですかそれは?」と聞くと、彼は「君は勉強したいみたいだね。」と言い、彼の私用の電話番号をくれました。わたしは、今までそんな牧師に出会ったことがありませんでした。家に帰ると、さっそくその番号をダイアルしました。本当の番号だと確かめたかったからです。すると、それは本当にウィリアムズ家につながりました。わたしは「うわぁー!ほんとうに家にかかったのですね」と思わず言ってしまいました。それから、ある男の人がわたしの家に来て聖書勉強をすることになりました。
つづく
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年10月25日木曜日
ドウェイン・レモンの証 10
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
異言を体験した後、教会を出ましたら、神様はわたしにあることを見せてくれました。教会の外には礼拝中に異言を話していた人がいました。その人は「今日は素晴らしい教会だったなぁ」と言いながらタバコを取り出し、それを吸い始めました。わたしは、聖霊に満たされた人はタバコなんて吸わないと思っていましたし、なぜ吸っているのだろうと疑問に思いました。更に、他の人が教会から出てきました。その人はとても汚い言葉で話し始めました。罵り、呪い、侮辱、誓いの言葉を平気で使っていました。それらは、わたしがとても親しみをもっていた言葉たちです。わたしは、クリスチャンはそういう話し方をしないかと思っていました。
みなさんは、「クリスチャンだからって言葉遣いに気を付けないといけないの?怒ったときに、ふと口から出てきてしまうことだってあるじゃないか」と言うかもしれません。しかし、愛する兄弟姉妹たち、マタイによる福音書26章にある話をどうか忘れないでください。そこには、イエスが捕えられ、ペトロが大祭司の屋敷の中庭にいたときの話が書かれています。ペトロは一人になりました。ペトロはみんなでいるときは勇敢でしたが、一人でいるときはとても弱い男でした。女中が近寄ってきて、「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言いました。ペトロは、「何のことを言っているのか、わたしには分からない」と答えました。ほかの人が近づいてきて、「この人はナザレのイエスと一緒にいました」と言うと、「そんな人は知らない」と誓って打ち消しました。しばらくして、再び人々が近寄ってきて、「確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる。」と言いました。そこでペトロは、イエスと関係がないことを証明するために、呪いの言葉さえ口にしながら「そんな人は知らない」と誓い始めました。この話を通して分かることは、わたしたちが呪いや誓いの言葉を使うとき、わたしたちはイエスと関係がないことを証明しているということです。そして、私たちは誘惑や困難を言い訳に「こうするしかなかった。」と言うべきではありません。なぜなら、誰もイエス様ほど試練にあった事は無いからです。
わたしは聖霊について疑問を持ち始めました。そして、わたしは友達と聖書を勉強して、「異言」は五旬祭で人々が聖霊によって語ることができた、文字通り「言語」であったことが分かりました(使徒言行録2:1-13)。わたしはその教会に行くのをやめました。それから数々のキリスト教の教会に行きましたが、飽きてしまい、キリスト教以外の宗教に興味を持ち始めて、イスラム教を勉強し始めました。わたしは、イスラム教が尊厳と規律のある宗教であることが好きでした。「クリスチャンたちは幸せそうにしているけれど、彼らは、自分達がなぜ幸せなのかを説明することすらできない!」と思っていたので、クリスチャンへの興味は薄れていきました。その反面イスラム教徒は知的に見えたので、その知的な雰囲気が好きでした。よって、イスラム教を勉強し始めたのですが、キリスト教を完全に捨てたわけではありませんでした。わたしは心の中に葛藤を覚えました。
ある金曜日の夜でした。ベッドの上にはイスラム教の聖典であるコーランとキリスト教の聖書があり、わたしは泣きながらひざまずいていました。「主よ、あなたがアッラーなのか、イエスなのかもう分かりません。わたしはただ、あなたが誰なのか知りたいのです。どうかあなた自身をわたしに示してください。もしあなたが、あなた自身をわたしに示してくださらないのなら、わたしはヌワビアン(イスラム教の一派)になります。そして、もし必要なら、キリスト教の基礎を揺るがすような運動を起こします。」と祈りました。わたしは怒りに満ちていましたが、それは心からの祈りでした。
つづく
訳:森春香
編集:品末拓真
異言を体験した後、教会を出ましたら、神様はわたしにあることを見せてくれました。教会の外には礼拝中に異言を話していた人がいました。その人は「今日は素晴らしい教会だったなぁ」と言いながらタバコを取り出し、それを吸い始めました。わたしは、聖霊に満たされた人はタバコなんて吸わないと思っていましたし、なぜ吸っているのだろうと疑問に思いました。更に、他の人が教会から出てきました。その人はとても汚い言葉で話し始めました。罵り、呪い、侮辱、誓いの言葉を平気で使っていました。それらは、わたしがとても親しみをもっていた言葉たちです。わたしは、クリスチャンはそういう話し方をしないかと思っていました。
みなさんは、「クリスチャンだからって言葉遣いに気を付けないといけないの?怒ったときに、ふと口から出てきてしまうことだってあるじゃないか」と言うかもしれません。しかし、愛する兄弟姉妹たち、マタイによる福音書26章にある話をどうか忘れないでください。そこには、イエスが捕えられ、ペトロが大祭司の屋敷の中庭にいたときの話が書かれています。ペトロは一人になりました。ペトロはみんなでいるときは勇敢でしたが、一人でいるときはとても弱い男でした。女中が近寄ってきて、「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言いました。ペトロは、「何のことを言っているのか、わたしには分からない」と答えました。ほかの人が近づいてきて、「この人はナザレのイエスと一緒にいました」と言うと、「そんな人は知らない」と誓って打ち消しました。しばらくして、再び人々が近寄ってきて、「確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる。」と言いました。そこでペトロは、イエスと関係がないことを証明するために、呪いの言葉さえ口にしながら「そんな人は知らない」と誓い始めました。この話を通して分かることは、わたしたちが呪いや誓いの言葉を使うとき、わたしたちはイエスと関係がないことを証明しているということです。そして、私たちは誘惑や困難を言い訳に「こうするしかなかった。」と言うべきではありません。なぜなら、誰もイエス様ほど試練にあった事は無いからです。
わたしは聖霊について疑問を持ち始めました。そして、わたしは友達と聖書を勉強して、「異言」は五旬祭で人々が聖霊によって語ることができた、文字通り「言語」であったことが分かりました(使徒言行録2:1-13)。わたしはその教会に行くのをやめました。それから数々のキリスト教の教会に行きましたが、飽きてしまい、キリスト教以外の宗教に興味を持ち始めて、イスラム教を勉強し始めました。わたしは、イスラム教が尊厳と規律のある宗教であることが好きでした。「クリスチャンたちは幸せそうにしているけれど、彼らは、自分達がなぜ幸せなのかを説明することすらできない!」と思っていたので、クリスチャンへの興味は薄れていきました。その反面イスラム教徒は知的に見えたので、その知的な雰囲気が好きでした。よって、イスラム教を勉強し始めたのですが、キリスト教を完全に捨てたわけではありませんでした。わたしは心の中に葛藤を覚えました。
ある金曜日の夜でした。ベッドの上にはイスラム教の聖典であるコーランとキリスト教の聖書があり、わたしは泣きながらひざまずいていました。「主よ、あなたがアッラーなのか、イエスなのかもう分かりません。わたしはただ、あなたが誰なのか知りたいのです。どうかあなた自身をわたしに示してください。もしあなたが、あなた自身をわたしに示してくださらないのなら、わたしはヌワビアン(イスラム教の一派)になります。そして、もし必要なら、キリスト教の基礎を揺るがすような運動を起こします。」と祈りました。わたしは怒りに満ちていましたが、それは心からの祈りでした。
つづく
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年10月21日日曜日
ドウェイン・レモンの証 9
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
今度は、近所のカトリック教会に行ってみました。そこでは厳粛な讃美歌をたくさん歌いました。また、ワインを飲まされ、「なんだこれは!?なぜ教会でワインが出てくるんだ?」と思いましたが、その後もワインを飲むために何度かそこへ行きました。しかし、退屈になりました。皆がよく分からない本を読んでいて意味不明だったので、再び友達のT.J.の教会に戻りました。するとある日、T.J.が、「ドウェイン、異言で話す経験をしないと!」と言ってきました。なぜかと聞くと、「聖霊に満たされないといけないからだよ」と言われたので、「どうやって聖霊に満たされるの?」と聞くと、彼は、「それは自然に起こるよ。」と言いました。T.J.の教会では、皆がとつぜん異言で話し始め、ひきつけを起こしていたので戸惑いましたが、わたしは「自分は嘘をつかないし、聖霊で満たされたふりもしない」と心に決めていました。もし本当にこういう事が起こるならば自然に起こるはずだ、と思いました。
ところで、みなさんはMC ハンマーというアーティストを知っていますか?ある日、彼の牧師がT.J.の教会に来て、礼拝をすることになりました。T.J.の教会では何をするかというと、他のペンテコステ教会のように、まず会衆を一列に並ばせます。そして一人ずつ牧師の前に行き、頭に手を置いてもらいます。すると手を置かれた人は崩れ落ちたかと思うとひきつけを起こし、異言を話し始めるのです。それが聖霊に満たされたしるしというわけです。その日、わたしもこの列に並ばされました。自分には何が起こるのだろうと思っていると、友達が「よく聞け、神様に任せろ、手放せ」と言いました。わたしはどういう意味かさっぱり分かりませんでしたが、「分かった、神様に任せて手放す」と答えました。ついにわたしの番になり、牧師がわたしのことを見、わたしも彼を見ました。牧師は「手をあげて」と言ったので、わたしが手をあげると、「イエス様のみ名により…」と牧師は言い、手をわたしの頭にのせました。すると、途端にひざに力が入らなくなり、わたしは崩れ落ちてしまいました。とても衝撃的でした。なぜなら自分は演技をしていたわけではなかったからです。そして「あだだだだだだ~~~」と人生で一度も口にしたことのない言語が、わたしの口から出てきました。わたしは自分を制御する力を完全に失っていました。ひきつけを起こし、異言を話し、力がぬけ、すべてが終わったあと、「あぁ~っ、疲れた」とため息をつきました。体中のエネルギーが全て吸い取られてしまったようで、元にもどるまでしばらく時間がかかりました。そうしたら、友達が来て「おめでとう!これでお前も聖霊に満たされたな!」と言いました。わたしは「よし。」と思いました。
続く
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年10月6日土曜日
ドウェイン・レモンの証 8
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
もう少し詳しいことを話しますと、クイーン・ラティファのツアーに行った時、T.J.はクリスチャンでした。彼はたまにイエス様のことをわたしに話してきました。しかし彼の偽善者的生活は、彼自身にとってもわたしにとってもよい証ではありませんでした。わたしは「イエス様を受け入れるにはまだ準備ができていない。もっとお金を稼いで自分のやりたいことをやろう。」と思っていました。ところがチャーリーの事件後、お葬式でチャーリーの棺が地面に埋葬されるのを見ました。お葬式はそれまでに一度しか行ったことがありませんでしたし、誰かが埋葬されるのを見るのはこれが初めてでした。棺が地面の中に埋葬されるのを見たとき、わたしの中で何かが変わりました。お墓に入っていくチャーリーの棺を見たとき、初めてチャーリーが自分の人生から引き抜かれてしまったような気がしました。聖書のコヘレトの言葉7章2節にはこの経験に適したことが書かれています。
「弔いの家に行くのは
酒宴の家に行くのにまさる。
そこには人皆の終わりがある。
命あるものよ、心せよ。」
コヘレトの言葉7章2節
この聖句の通りのことがわたしに起こりました。お葬式に出席した時から、わたしは人生について考えはじめました。わたしにとって「弔いの家」に行くこと、お葬式に行くことのほうが、「酒宴の家」、パーティーが行われているクラブ会場に行くよりも良かったのです。なぜなら弔いの家に行ったわたし、命あるもの、は人の終わりを目の当たりにさせられたからです。
チャーリーの棺が埋葬され、リムジンで家へ帰っている途中、わたしはとても明確な声で「今なら、わたしを受け入れてくれるか?」と言うのが聞こえました。ステレオから聞こえてくるような、はっきりとした声でした。「今なら、わたしを受け入れてくれるか?」サウロであったころのパウロになった気分でした。それが神様の声だとはっきり分かったからです。神様のことを勉強したことはあまりなかったのですが、それでも神様の声だと分かりました。それはT.J.がわたしの心に種を植えつけてくれていたからです。愛する兄弟姉妹たち、どうか覚えていてください。たとえわたしたちが、青年たちはとても手に負えない、もう希望がない、とんでもなく堕落した道を歩んでいると思えるときでも「神様の御言葉」という種を彼らに植え続けてください。神様の計画されたタイミングでその種は成長します。T.Jがわたしの心に種を植えつけました。そしてリムジンの中であの声を聞いたとき、その種は初めて芽を出しました。わたしは「はい、神様、あなたを受け入れます。」と答えました。
わたしはエンターテイメント業界を去ったわけではありませんでしたが、T.J.に会いに行き「俺はこれから何をしたらいいんだ?神様に心を捧げたんだ。」と言いました。「じゃあ教会においで。」と言われ、わたしたちはニューヨークのブルックリンのヒゼキヤウォーカーズ教会というところへ行きました。このヒゼキヤウォーカーズ教会はペンテコステ派の教会で、わたしは死ぬかと思うほどの怖い経験をしました。そこにいた人たちは右へ左へと走り回り、前へ行ってジャンプをしたり、よくわからない言語をしゃべったり、ひきつけを起こしたりしていました。わたしは「一体これはなんだ!?ここにはいられない。これは自分にはちょっとエネルギッシュすぎる」と思いました。
続く
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年10月1日月曜日
ドウェイン・レモンの証 7
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
ある日、ニューヨークのブルックリンに住んでいた甥のチャーリーから連絡がありました。チャーリーはとても貧しい少年で、お金を稼ぐ手段もありませんでした。しかし、ダンスをしたいという熱意がありました。そこでチャーリーは「ドウェイン、僕がダンス業界に入れるように手伝ってくれる?」と聞いてきたのです。わたしは「君のためにできるだけのことはやってみるよ。」と答えました。わたしは自分の過去をよく覚えていました。わたしには自信が無く、できそこないだと思っていた少年時代がありました。だからこそ、チャーリーを助けてあげたかったのです。そこでわたしはチャーリーに様々な機会を与えたのですが、誰もチャーリーのダンスには興味を示しませんでした。
そんなある日のこと、チャーリーは地元の麻薬売人に出会いました。彼らは「お前、金を稼ぎたいのか?1夜で$5,000稼ぐ方法を教えてやるよ。」と言いました。チャーリーは「よし、じゃあやってみます」と答えました。チャーリーは彼らと手を組むことに賛成したのです。その夜、チャーリーはとある屋台の裏にいました。防弾加工されたドアから人が入ってきて、チャーリーは麻薬を渡してお金を受け取る、ということを数時間繰り返してお金を稼いでいました。チャーリーはガラの悪い少年ではありませんでした。とてもよい少年で、成績もすべての科目でAをとっていました。しかし、とても貧しかったのです。彼の叔父であるわたしはたくさんのお金を稼いでいたので、チャーリーは少しでもお金持ちの気分を味わいたいと思い、麻薬をその夜売っていたのです。
するとその場に彼の友人が二人やってきて、三人で話し始めました。ところが、二人の友達は言い争いをはじめました。そして言い争いが、殴り合いの喧嘩になりました。そこで平和主義者のチャーリーは、彼らに麻薬とその夜稼いだ札束を見せることに決めました。チャーリーは「お前ら、喧嘩をやめてこれを見てみろ。」と言いました。喧嘩を止めようとしたのです。しかしチャーリーがそうした途端、彼の友達であったはずの二人はすぐさま銃を取り出し、チャーリーに向かって発砲しました。彼らは9ミリ拳銃でチャーリーの額に2発、お腹に3発撃ちました。そして彼らは地面に横たわるチャーリーを放って札束を盗み、逃げていきました。その4日後にチャーリーは亡くなりました。19歳でした。
わたしたちはたまに「よくないとは分かっているけど、一度だけ試してみよう」と言います。わたしたちは罪の報酬は死であることを知っています。(ローマ信徒への手紙6:23)しかしそれでも、「ただ一度だけ…」と手を出します。わたしの甥チャーリーも一度だけ試しました。そして命を失いました。愛する兄弟姉妹たち、罪はおもちゃではないということを、サタンはわたしたちの友達ではないということを、神様はわたしたちによく理解してほしいと思っておられます。
チャーリーのお葬式の時、彼の顔はとても見せられる状態ではなかったために棺の蓋は閉じられたままでした。その棺を見ながらわたしは「チャーリー、君が言ってくれれば欲しいだけのお金をあげたのに…。どうしてこんなことをしたんだ?」と思い、怒りがこみあげてきました。
続く
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年9月30日日曜日
ドウェイン・レモンの証 6
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
わたしはツアーから帰ってきた後、トニー・テリー、C.Cペニストン、ラップグループのア・トライブ・コード・クエスト、ブーテン・クレン、ヘヴィD、ブランディーなどの様々なアーティストと仕事をはじめました。またダンスの振付も担当するようになり、自分で振付したダンスをブランディーと同じ舞台で踊りました。ここまで積み上げてきた自分の成果を見て、わたしは雲の上にいるような気分になりました。振付をし、舞台でダンスをし、ツアーに行き、お金も稼いでいる。ヘヴィーDとは月給$30,000の契約でダンスをしていました。週$100で踊っていた素人の頃とはかなりの違いです。更にわたしを良い気分にさせたのは、わたしの才能はどこへ行っても通用したことです。クラブ会場に行けば、そこにいたすべての人がわたしのことを知っていました。わたしはこの力と名声をとても愛していました。リムジンが家の前にわたしを迎えに来ると、わたしは家の表にある階段をゆっくりと下りました。近所にいる人たちがわたしをよく見られるようにするためです。わたしはとても有名でした。ダンスの振付に関しては、わたしが他のダンサーに指示を出すようになっていました。そして様々なアーティストとツアーに行きました。わたしは「なんて素晴らしいんだろう!」と思っていました。
続く
訳:森春香
編集:品末拓真
わたしはツアーから帰ってきた後、トニー・テリー、C.Cペニストン、ラップグループのア・トライブ・コード・クエスト、ブーテン・クレン、ヘヴィD、ブランディーなどの様々なアーティストと仕事をはじめました。またダンスの振付も担当するようになり、自分で振付したダンスをブランディーと同じ舞台で踊りました。ここまで積み上げてきた自分の成果を見て、わたしは雲の上にいるような気分になりました。振付をし、舞台でダンスをし、ツアーに行き、お金も稼いでいる。ヘヴィーDとは月給$30,000の契約でダンスをしていました。週$100で踊っていた素人の頃とはかなりの違いです。更にわたしを良い気分にさせたのは、わたしの才能はどこへ行っても通用したことです。クラブ会場に行けば、そこにいたすべての人がわたしのことを知っていました。わたしはこの力と名声をとても愛していました。リムジンが家の前にわたしを迎えに来ると、わたしは家の表にある階段をゆっくりと下りました。近所にいる人たちがわたしをよく見られるようにするためです。わたしはとても有名でした。ダンスの振付に関しては、わたしが他のダンサーに指示を出すようになっていました。そして様々なアーティストとツアーに行きました。わたしは「なんて素晴らしいんだろう!」と思っていました。
続く
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年9月23日日曜日
ドウェイン・レモンの証 5
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
ツアー中、ケンタッキー州にいた時のことです。今でもよく覚えています。それはわたしたちの仲間のトレッチの誕生日でした。トレッチは「クラブ会場を貸し切ったから、来たい人はみんな招待して来てくれ。自分は育ちもたいして良くないし、V.I.P.扱いされる必要もない。どんな人でも招待しよう」と言いました。そして地元の人たちも招待されましたが、それは大きな間違いでした。わたしがクラブ会場にいくと、Qティップ、アイスティー、ア・トライブ・コード・クエスト、パブリックエネミー、そして、クイーン・ラティファなどたくさんの人がいました。その中には地元の麻薬売人たちまでいました。すると、売人たちは「俺たちがここのスターだ」と言い始めました。他の人たちは、ただ楽しい時間を持ちたいだけだと言ったのですが、売人たちはそれを聞かず、気づいたときには暴力沙汰の喧嘩がはじまっていました。わたしは今まで、あれだけたくさんのガラス瓶が人の顔で割られるのを見たことがありません。それは最初の警告でした。わたしとT.J.は文字通り机の下に隠れないといけない程でした。
わたしはS.D.A.の青年たちに芸能界のことを話すとき、テレビには映らない裏の世界のことを伝えます。なぜならテレビには、わたしがこのクラブ会場で実際に見たようなものは映らないからです。
警察が来ましたが、その警察官は男の人を無理やりトイレに連れていきました。警察なら、もし誰かを怪しいと思ったのならその誰かを外へ連れ出し、パトカーで取り調べをするはずです。しかし、その警察官はトイレに男の人をひきずりこみました。わたしたちはその男の人の叫び声を聞きました。トイレから出てきた時には、その男の人の顔はボコボコで血まみれになっていました。そしてその人は「俺は何もしていない…」と何度も言っていましたが、パトカーに連れていかれました。この一部始終を見ていたわたしは、「僕がやりたかったのは、ただダンスをすることだけだったのに…」と思いました。こんな暴力沙汰があるなんて知りもしませんでした。
続く
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年9月15日土曜日
ドウェイン・レモンの証 4
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
ある日、友達から電話が掛かってきて「クイーン・ラティファ(歌手、女優)がパブリック・エネミー・アポカリプス・91世界ツアーに連れて行くダンサーを集めるためのオーディションをしている」と言いました。なぜか「アポカリプス・91世界ツアー」と呼ばれていましたが、わたしは「本当か?よし!」と返事をし、仲間たちとマンハッタンへオーディションを受けに行きました。そこにはクイーン・ラティファがいました。わたしはとても興奮しました。しかし、幼いころから父に「どんなに内心では興奮していても、平静を装え」と言われていたわたしは、クイーン・ラティファを見て「あっ!!」と言いたいのを抑えて「こんにちは、いかかがお過ごしですか?」と声をかけました。平静を装って握手や一通りの挨拶をすませましたが、内心「クイーン・ラティファと握手をした!信じられない!」と思っていました。クイーン・ラティファに「オーディションを受けにきたのね」と聞かれ、「はい」と答えました。「それでは見せてもらいましょう」と言われ、オーディションがはじまりました。当時、わたしがただ一つ自信を持っていたのはダンスをすることでした。仲間たちも一緒にオーディションを受けていましたが、彼らよりも優れたダンスをして世界ツアーに行くためのチケットを勝ちとらなければと思っていました。ダンスにはパワームーブというものがあります。パワームーブは、ここぞという時にする決め技のようなものです。オーディションの最中、クイーン・ラティファがわたしのことを見ているのが分かりました。そこで、恐れ知らずの友達のT.J.はパワームーブを決め、得意技であるスピンをしました。すると、さっきまでわたしのことを見ていたクイーン・ラティファはT.J.をみて「うわぁー!」と言い、近くにいた関係者の人に何か耳打ちしました。それを見たわたしは、このままではいけないと思い、自分もパワームーブをすることにしました。わたしのパワームーブは、新体操の動きと開脚をあわせたようなものでした。クイーン・ラティファが見ているときを見計らってパワームーブを決めると、クイーン・ラティファは目を真ん丸にしてびっくりしました。わたしは「やった!」と思いました。オーディションの後「君たち素晴らしかったわよ」と言ってもらい、家に帰ると電話が鳴りました。電話の相手が「もしもし、ドウェインさんとお話しできますか?」と言ってきたので、わたしは「本人です。」と言うと、相手は「クイーン・ラティファです。」と言いました。そこで「あぁっ!」と叫びたいところでしたが、平静を装って「こんにちは、お元気ですか?」と尋ねました。そこでクイーン・ラティファは「よく聞きなさい。あなたとT.J.を世界ツアーへ連れて行くことに決めたわ」と言いました。わたしは「素晴らしい!」と答えました。待ち合わせ場所や、計画を聞いてから電話を切ると、すぐさま両親に電話をかけ「お父さん、お母さん、オーディションに受かった!!!」と報告しました。わたしはすごく嬉しくて興奮していましたし、両親もわたしのためにとても喜んでくれました。両親は、わたしが麻薬などをやっていないかぎりはそれで良いと考えていました。
ツアーのためにまずはニュージャージー州へ運転していき、フレーバーユニットという建物でミーティングをしました。そこで感心したのは、クイーン・ラティファが「このツアーではお互いを謙遜しあってほしい。女の子と遊んだりしないように。」と言ったことです。わたしは、この人は高潔な女性だと思いました。そして、ついにツアーがはじまりました。T.J.とわたしはとても興奮していました。ほかのヒップホップグループも一緒にツアーに来ており、州から州へと旅行し、わたしたちはステージでダンスをしました。何千というお客さんがわたしたちのことを見に来ました。わたしは「クイーン・ラティファと一緒の舞台にあがっているなんて信じられない!」という気持ちでいっぱいでした。また、わたしたちはそこそこの収入を得ていました。しかし後でわかったことなのですが、わたしたちは少し騙されていました。事務所はわたしたちが素人だとわかっていたので「週に$100あげるよ。」と言われ、わたしたちは「素晴らしい!」と条件をのみ、満足していました。
続く
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年9月8日土曜日
ドウェイン・レモンの証 3
audioverse.orgのhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
その頃のわたしは高校生でしたが、ダンサーでもありました。当時は1980年代後半で、まだギャングがおり、ニューヨークのブルックリンにはディセプティカンズというギャングがいました。ディセプティカンズは極悪で、実際に多くの法を犯していました。
わたしの高校では、皆がわたしのことを知っていました。ダンスをしていたことから有名になったのです。ある日タレントショーというイベントがあり、わたしは仲間と踊っていました。すると、ステージに他のグループが上がってきて踊り始めました。ダンスバトルを仕掛けてきたのです。どっちのグループが優れているか、競い合いがはじまりました。相手のグループが一通り踊った後、わたしたちがまたステージにあがりました。ところが、わたしのグループの中でダンスバトルがはじまったことを分かっていない人がいました。その人はわたしのところに来て「なんで楽しもうとしているだけなのに、喧嘩を仕掛けようとしているんだ?」と言いました。わたしは喧嘩しようとしていたわけではありません。ただ、ダンスで競い合おうとしていただけでした。しかし、わたしがその仲間に「喧嘩をしようとしているのではない」と説明する前に、殴り合いの喧嘩がはじまりました。わたしたちの高校に来たゲストグループと喧嘩になってしまったのです。わたしは「よし、家に帰る時間だ。」と言い、その場を去りました。
そのあと散歩をしていると、学校の前にたくさんのパトカーが止まっているのを見ました。「パトカーなんてどうしたんだろう?救急車まで来ている!」と思い、学校の中に入ると、生徒たちが泣いていました。「何が起こっているんだ??」と思っていると、友達が、「ドウェイン!ここで何をしているんだ?早く逃げろ!」と言いました。何故か聞くと、彼は「警察は、お前を逮捕するために来たんだ」と言いました。「何もしていないのに?」と聞くと、「お前がこの大騒ぎを始めたからだ。」と友達は言い、さらに、「彼らはディセプティカンズだった」と言いました。
わたしは高校を退学になり、父親は「もしギャングがきたら、撃たれる前に撃て」とわたしに銃をわたしました。これが、父親のできるベストな指示でした。わたしは家の中で銃をもって震えながら、もしだれか来たらこの銃を使うのだということを想像していました。しかし、神様の恵みにより、また神様の恵みのみにより、わたしの友達がディセプティカンズに電話をかけ「ドウェインはこの騒ぎをはじめなかった、だれか違う人がやったんだ」と伝えてくれました。そして、この騒ぎは終わりました。神様に感謝です。しかし、わたしは高校を退学したままでした。そこでわたしは、高校にもどらずにダンスの道を進むことにしました。卒業証明書はありませんでした。ダンスだけが、今のわたしの持っている全てだと思っていました。
続く
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年9月1日土曜日
ドウェイン・レモンの証2
ドウェイン・レモンの証2
audioverse.org
のhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
時が経ち、両親に再び「ドウェイン、お前にはダンスの才能がある!」と言われ、わたしは「ありがとう。」と言いました。10代になり、わたしは今までよりも少し自由が与えられました。15歳になったとき、両親はわたしがパーティーに行く許可を出しました。それから、私は友達を集めてしょっちゅうパーティーに行くようになりました。まずパーティー会場で何をするかというと、友達の一人が前にいるもう一人の友達の両脇を後ろから抱えます。そして、その友達を抱えながら友達ごと振り回すように回転し始めます。それはその場にいる人たちをどけるためです。回転している二人をよけるために周りの人は後ろにさがり、そこにダンスステージができあがるわけです。そこで、わたしも友達と踊り始めました。みんなが一通り踊った後も、わたしは踊っていました。踊って嫌なことを忘れ、自分の世界に没頭するためでした。また、わたしは歓声が大好きでした。周囲は拍手をしたり、「お前ら最高だ!」と言ってくれました。わたしとわたしの友達は色々な名前で呼ばれていましたが、定着したグループ名はQuiet Stormでした。静かにやって来るけれども、嵐のように激しく当たるという意味です。わたしたちはパーティー会場に入ったら、うわべだけとても謙遜に、静かにして、状況を把握しました。パーティー会場にいるどのダンサーにも勝てるということは分かっていましたが、平静を装っていました。後ろのほうで「あいつには勝てる。あいつは放っておこう。」などと考えた後、ダンスバトルが始まりました。相手のグループが踊り、自分たちが踊り、また相手が踊るということを繰り返し、トロフィーや賞品を勝ち取るために、しかしほとんどはただ楽しみのために、ダンスバトルを繰り広げていました。
ある日、友達が「ドウェイン、お前プロで踊る気はあるか?」と聞いてきました。わたしは「どういう意味?」と聞き返しました。友達は「ダンスで金儲けをする気はあるか?」と言いました。わたしは今までただで踊っていたので、ダンスでお金が稼げるなら、それはボーナスみたいなものだ、ケーキのスポンジにのっている生クリームみたいなものだと思いました。友達は「マンハッタンでオーディションがあるのだけど、そこでダンスをしてほしい」と言いました。当時、サードベースというグループがありましたが、そのマネージャーのダン・ヌー・カークはR&B歌手で、彼はプロモーションビデオのためのダンサーを探していました。曲名はSmall thingでした。それは本当にSmall
thing(小さなこと)でした。なぜなら、誰も聞いたことがないような無名の曲だったからです。カメラを向けられたわたしは25ドルのために踊りました。わたしは25ドルのためにすごく金持ちになった気分で幸せでした。なんて素晴らしい仕事なのだと思い、25ドルを持って帰り、友達にテレビで自分のことを観たかと聞きましたが、だれも観ていませんでした。でも、テレビに映るようなダンスをしたということが嬉しくて喜んでいました。
続く
訳:森春香
編集:品末拓真
2012年8月27日月曜日
ドウェイン・レモンの証 1
ドウェイン・レモンの証 1
audioverse.org
のhttps://www.audioverse.org/english/sermons/recordings/1737/testimony-of-dwayne-lemon.htmlを訳しました。
お祈り:天の神様、わたしたちは、あなたが将来天国で一緒に暮らせるようになる神様であることを賛美します。それは祝福です。父なる神様、あなたの御心を知るすべての機会を活用します。わたしたちに聖霊の力を通して語りかけてください。そして、たとえほかの人の証を用いてでも、わたしたちの心を温め、真実を教えてください。これらすべてのことをイエス様の御名を通してお祈りします。アーメン。
ヨハネの黙示録12章11節に「自分たちの証の言葉とで、彼に打ち勝った」と書かれていますが、それは真実だということをみなさんに知ってもらいたいです。なぜなら、わたしがセブンスデーアドベンチスト教会に通い始めた頃、一番楽しかったのは水曜日の夜の祈祷会だったからです。私がそれを一番楽しんだ理由は、その集会では皆が証をする機会があったからです。
わたしは、ニューヨーク州のクイーンズという町で生まれ育ちました。コンクリートに囲まれたニューヨークの中で、わたしはどのように馴染もうか、どのように社会での居場所を見つけようかと考えていました。母はヴァージンアイランド州のセイントトーマスという町、父はサウスカロライナ州のチャールストンという町の出身です。そして、わたしはクリスチャン家庭では育ちませんでした。
本当のことを言わせていただきますと、わたしはいつも青年にわたしの証をするとき、「わたしはクリスチャン家庭で育つ特権がなかった。」と言います。なぜそう言うかというと、クリスチャン家庭で育つことは特権だということを彼らは知るべきだからです。セブンスデーアドベンチストの家庭で育つということは特権です。世の中をさまよい続けて遂にこの光を見つけた人たちは、神様にこの光を見つけられたことを感謝します。しかし、彼らは前から後ろから、そして横から傷を負っています。目に見える傷ではないかもしれませんが、この世界が彼らに負わせた世俗的なライフスタイルによる傷があります。だから、「もっと世の中に出て行って色々なことを試してみたい、それから教会に帰ってこよう」と好奇心を抱くかもしれませんが、愛する兄弟姉妹たち、自分たちを騙さないでください。なぜなら、だれも世俗的な生活をしてからクリスチャン生活に帰ってこられるという保証はないからです。
子供のころ、まだニューヨークのクイーンズという町にいたとき、わたしには何の取りえもありませんでした。母は「だれも殺さないように、なにも盗まないように、そうすれば天国に行けるわよ。」と言いました。わたしは「それは簡潔なルールだ!ただ殺さないで盗まなければ良いのだ」と思い、ほとんどの時間をビデオゲームやテレビに費やしていました。そんなある日、父が音楽を流し始めました。父は、ヒップホップは流しませんでしたが、ジョージ・クリントンという人のピーファンクというジャンルや、R&Bというジャンルの音楽をよく家でかけていました。兄弟のレスリーはベースギター、マイケルは歌で音楽を楽しんでいましたが、わたしは楽器も歌もできませんでした。しかし、音楽が流れるたびにわたしの足が動き出しました。幼いながらも、音楽と一緒に体を動かすという才能を見つけたのです。そして、気づけばわたしは近所の間で小さな有名人になっていました。バーベキューをする時や訪問者が来るたび、父は「ドウェイン、表にでてこい!」と言い、わたしは裏庭から出てきて「あの踊りをやってくれ」という父の要求にこたえ、ダンスステップを踏み、楽しいと思えるダンスをただやりたいようにやっていました。そしてその頃、ダンスは自分の人生の一部だということを発見しました。ダンスクラス等をとったことはありませんでしたが、音楽が流れるたびにわたしの体は自然と踊り始めました。子供のころは家で音楽がかかったときに、ただ楽しいから踊っていました。
時がたつにつれ、父と母はわたしのダンスの才能に気付きました。「ドウェイン、お前はどうダンスをすればいいのかわかっている!」と言われました。わたしは「う~ん、そうかもね。」と思っていましたが、正直、そのころのわたしはとても不安定で自信がありませんでした。自分なんて大した人間じゃないと思っていました。わたしは1972年生まれなのですが、その時代、黒人であることからわたしはあまりよい経験をしませんでした。同級生は黒人をばかにするジョークを言ってきて、わたしの自尊心は大きく損なわれていました。その頃のわたしはとくに何も持っておらず、イエス様も知らなかったため、ダンスがわたしにとっての感情のはけ口でした。ダンスはわたしを現実的な世界から離れさせ、自分の世界に没頭させてくれました。だから、幼いながらもわたしは本気でダンスをしていました。
続く
続く
訳:森春香
編集:品末拓真
登録:
投稿 (Atom)