2013年9月15日日曜日

今日の痛み止め:罪深い習慣と中毒

「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。」
創世記1:27

神は愛です。愛は与えることを望みます。神様は与えることを望みます。神様にかたどって創造されたわたしたち人間は、神様を愛することを望み、神様から愛されることを望むように造られたのです。人間的な条件付きの「愛」ではなく、本当の愛です。

この世の中には神様の本当の愛を知らずに、もしくは忘れてしまい苦しんでいる人がたくさんいます。

さて、創世記3:4にて、エデンの園で蛇となって現れたサタンがエバを誘惑します。サタンの目的はエバが神様の愛を疑うこと、神様の愛が嘘であると信じさせることでした。つまり、神様の品性を疑わせることで、エバの神様への愛を挑戦したのでした。サタンは神様よりも優れたものとなることができないと分かっていたので、神様についてエバに嘘をつくことで自分を良く見せようとしたのです。

サタンは、「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」と言いました。これは、神様が言われたこと(「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」創世記2:16)と辻褄が合いません。しかし、エバはサタンの言葉を信じることを選びました。その時、エバの心には穴があき、傷がついてしまいました。神様の愛の言葉は嘘だったと信じ、裏切られた気持ちになったからです。

そこでエバは、その心の穴を埋めるために善悪を知る木の実を食べました。ただお腹が空いていたから食べたわけではありません。サタンに騙されて、神様を疑ったときに感じた痛みを紛らわすために食べたのです。

わたしたちも、エバと同じようなことをしてはいないでしょうか?わたしたちも、サタンの嘘を信じて傷ついていないでしょうか?そして、その痛みを一時的に紛らわしたり、忘れされてくれたりするようなものにすがってはいないでしょうか?それはもしかするとショッピングかもしれませんし、食べ物、スポーツ、ビデオゲーム、ポルノ、映画、小説などかもしれません。「世間一般的に悪くないもの」にすがっても、責める人はいません。なぜなら、周りから見てそれは罪深いものではないからです。しかし、例えば、痛みを忘れるために仕事や教会奉仕にすがり、仕事や教会奉仕の中毒になることだって可能なのです。それは果たして、アルコールやたばこ、ドラッグ中毒よりもましと言えるのでしょうか?大して変わらないのではないでしょうか?

何が中毒の本当の原因なのでしょう?その原因は、無条件の愛が欠けているということです。たとえ自力で一つの中毒から脱せたとしても、何にすがっても満たされないがために、またすぐ他の中毒にはまってしまうでしょう。中毒は、神様の愛が必要なサインなのです。

神様の癒しの計画は創世記3:15に書かれています。「お前と女、お前の子孫と女の子孫の間にわたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き お前は彼のかかとを砕く。」

「お前」はサタン、「女」はエバ、「彼」はイエス様を示しています。「彼はお前の頭を砕き」というのは、イエス様がサタンの頭、つまり考え方や思想を砕くということです。イエス様は、人間の中にある神様への疑いというサタンの考えを砕きます。それによって、人間は神様を本当に知ることができるのです。イエス様は、十字架上にて本当の愛をはっきりと示され、サタンの思想を砕かれました。イエス様は既にサタンに勝利されているのです。その勝利に与るかどうかは、あなたの選択です。

あなたにはとても価値があります。カルバリーを見てください。イエス様は十字架に架かることを選び、血と汗と涙を流して死なれ、そして復活することによって無限の代価を支払い、あなたへの愛を公に示されたのです。信じられますか?ですからイエス様は、あなたがあなた自身をイエス様によって価値のある者として受け入れることを求めておられます。

自分でサタンに立ち向かうことに疲れていますか?あなたの心は傷ついていますか?神様に今日癒されたいと思いませんか?神様は今日あなたを癒すことができます。今日、神様のもとに来ること、神様を信じることを選んでください。

森春香

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