「神様か…。いつかはちゃんと向き合いたい。今はできないけれど、きっとまたお祈りして、聖書を読んで、教会に行けたらいいな。」そう思うことはないでしょか?
僕は中学校の時に聞いたこのお話が、いまだに忘れられません。
青年の父はお酒好きでした。青年はアドベンチストになった後、父と聖書研究を始めました。その中で、お酒は断つべきであるということを父は学びました。そこで父は、「今晩でお酒は最後にする」と言い、外に飲みに行きました。父は帰ってきませんでした。酔っぱらって歩いているところを車にはねられて、亡くなられたのでした。
主を尋ね求めよ、見いだしうるときに。
呼び求めよ、近くにいますうちに。
イザヤ書55:6
僕たちは一秒先の未来すら知りません。それなのに、どうして「いつかは…」と言えるでしょう。いま僕があなたに言えることは、いまがその時だということです。
神に逆らう者はその道を離れ
悪を行う者はそのたくらみを捨てよ。
主に立ち返るならば、主は憐れんでくださる。
わたしたちの神に立ち返るならば
豊かに赦してくださる。
イザヤ書55:7
結局僕たちは、主を尋ね求め、呼び求め、立ち返ることしかできないのです。その時に、主は「豊かに赦してくださ」います。いつか僕たちがましな人間になったからではなく、主が「憐れんでくださ」るからです。さぁ、主に立ち返りましょう。
2014年1月26日日曜日
御言葉を行う
どうやったら御言葉を読んで忘れてしまうのではなくて、行う人となれるのでしょうか?これはわたしがたまに考えることですが、昨日こんなことを牧師さんから聞きました。
御言葉を行うためにはまず御言葉を読むことが必要です。そしてノートに4つのことを書きだします。
1.読んだ聖句のまとめを自分の言葉で書く。
2.神様は自分に何を伝えておられるのかを書く。
3.それに対する自分の感想を書く。
4.今日、自分は何をするべきか考えて書き、実践する。
ということです。聖書を読む前にはお祈りをして聖霊が送られてよく理解できるようにお願いしましょう。
この4つのステップをわたしも今日試してみます。
2014年1月26日
(森春香)
御言葉を行うためにはまず御言葉を読むことが必要です。そしてノートに4つのことを書きだします。
1.読んだ聖句のまとめを自分の言葉で書く。
2.神様は自分に何を伝えておられるのかを書く。
3.それに対する自分の感想を書く。
4.今日、自分は何をするべきか考えて書き、実践する。
ということです。聖書を読む前にはお祈りをして聖霊が送られてよく理解できるようにお願いしましょう。
この4つのステップをわたしも今日試してみます。
2014年1月26日
(森春香)
2014年1月20日月曜日
2014年1月17日金曜日
Give me Jesus
朝にわたしが目覚めるとき、イエス様をわたしにください。
イエス様をください、
あなたがこの世の全てを手に入れても良いです。
でもわたしにはイエス様をください。
わたしが一人のとき、イエス様をわたしにください。
イエス様をください、
あなたがこの世の全てを手に入れても良いです。
でもわたしにはイエス様をください。
わたしが死ぬとき、イエス様をわたしにください。
イエス様をください、
あなたがこの世の全てを手に入れても良いです。
でもわたしにはイエス様をください。
In the morning, when I rise
In the morning, when I rise
In the morning, when I rise, give me Jesus
Give me Jesus,
Give me Jesus,
You can have all this world,
But give me Jesus
When I am alone
When I am alone
When I am alone, give me Jesus
Give me Jesus,
Give me Jesus,
You can have all this world,
But give me Jesus
When I come to die
When I come to die
When I come to die, give me Jesus
Give me Jesus,
Give me Jesus,
You can have all this world,
You can have all this world,
You can have all this world,
But give me Jesus
2014年1月16日木曜日
2014年1月14日火曜日
山が移り、丘が揺らぐこともあろう。
しかし、わたしの慈しみはあなたから移らず
わたしの結ぶ平和の契約が揺らぐことはないと
あなたを憐れむ主は言われる。
イザヤ書54:10
神様の癒しの力はどの自然のなかでも見られます。もし木が切られたり、人間がけがをしたり骨を折ったりするとその怪我を直すために自然はすぐに働きはじめます。必要となるまえから自然は癒しの力を備えていて、ある部分が傷つけられると、すぐにすべてのエネルギーがその部分の回復に向かって働きはじめるのです。これは霊的にも言えることです。神様は罪の治療法を必要とされる前から備えておられたのです。誘惑に服する全ての魂は敵の力により傷つき打たれます。しかし罪があるところには救い主がおられます。イエス様の業は「捕らわれている人を解放...目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由に..」することです。(ルカによる福音書4:18)
これらの業はわたしたちがイエス様と共に行う業とされています。「兄弟たち、万一誰かが不注意にも何かの罪に陥ったなら、 "霊"に導かれていきているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい。」ガラテヤの信徒への手紙6:1 「立ち帰らせなさい」 という言葉は脱臼した骨をもとの関節の場所に戻すという意味です。罪や過ちに陥った人は自分に関わっているすべての事を投げ出してしまいます。自分の過ちに気付いて後悔するかもしれません。しかし自分で自分を回復することはできないのです。不安、混乱、無力の中にいるのです。その人には癒し、回復、解放、自由が約束されています。「正しい道に立ち帰らせなさい」。イエス様の心から流れる愛のみが癒すことができます。木の樹液や体のなかの血液のようにその愛が流れるとき、イエス様の愛のみが傷ついた魂を回復させることができるのです。
Education 113.2
しかし、わたしの慈しみはあなたから移らず
わたしの結ぶ平和の契約が揺らぐことはないと
あなたを憐れむ主は言われる。
イザヤ書54:10
神様の癒しの力はどの自然のなかでも見られます。もし木が切られたり、人間がけがをしたり骨を折ったりするとその怪我を直すために自然はすぐに働きはじめます。必要となるまえから自然は癒しの力を備えていて、ある部分が傷つけられると、すぐにすべてのエネルギーがその部分の回復に向かって働きはじめるのです。これは霊的にも言えることです。神様は罪の治療法を必要とされる前から備えておられたのです。誘惑に服する全ての魂は敵の力により傷つき打たれます。しかし罪があるところには救い主がおられます。イエス様の業は「捕らわれている人を解放...目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由に..」することです。(ルカによる福音書4:18)
これらの業はわたしたちがイエス様と共に行う業とされています。「兄弟たち、万一誰かが不注意にも何かの罪に陥ったなら、 "霊"に導かれていきているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい。」ガラテヤの信徒への手紙6:1 「立ち帰らせなさい」 という言葉は脱臼した骨をもとの関節の場所に戻すという意味です。罪や過ちに陥った人は自分に関わっているすべての事を投げ出してしまいます。自分の過ちに気付いて後悔するかもしれません。しかし自分で自分を回復することはできないのです。不安、混乱、無力の中にいるのです。その人には癒し、回復、解放、自由が約束されています。「正しい道に立ち帰らせなさい」。イエス様の心から流れる愛のみが癒すことができます。木の樹液や体のなかの血液のようにその愛が流れるとき、イエス様の愛のみが傷ついた魂を回復させることができるのです。
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