2012年3月30日金曜日

サタンに勝つ Part 2


「あなたの御言葉は、わたしの道の光。私の歩みを照らす灯。」詩編119:105

前回は「自分達だけではサタンの誘惑には勝てないが、神様によって罪を克服し、神様と共にサタンに反抗すれば、サタンは逃げていく」という答えを見つけました。今回は更に詳しく、どうやって神様と共にサタンに打ち勝つかという事をお話していきます。

サタンにどうやって戦うかを学ぶときはマタイ4章1〜11節を読む事をお勧めします。ここではイェス様がサタンに誘惑を受ける場面が記されていて、クリスチャンの方なら何回も読んだ事があるはずです。イェス様はヨルダン川でバプテスマを受けた後、サタンから誘惑を受けるために荒野で40日間断食をしました。
普通に考えると40日間断食するのは不可能です。これは神様による力と助けによって長い期間断食する事が出来た、と聖書の授業で学びました。さて40日間断食した後、イェス様は空腹を覚えられました。身体的に限界に達し、精神が一番弱いときです。するとその機会を待っていたかのように、サタンが登場し、イェス様が地球でするべき事、つまりわたしたちの罪の身代わりなる事、を止める為に誘惑します。しかしイェス様はそんな状況のなかでも3つの誘惑を克服し、サタンに勝利します。

ここでサタンの3つの誘惑とそれらに対するイェス様の3つの応答を分かりやすくまとめてみました。

. 食欲の誘惑
「神の子ならこれらの石をパンになるよう命じたらどうだ。」
               ↓
「『人はパンで生きるのではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。』」

神殿の屋根の端での誘惑
「神の子なら飛び降りてみたらどうだ。『神があなたのために天使達に命じると、あなたの足が石に打ち当たることの無いように、天使たちは足であなたを支える。』            
               ↓
「『あなたの神である主を試してはならない。』と書いてある。」
. 非常に高い山で世の全てと反映ぶりを見せてからの誘惑
「もし、ひれ伏して私を拝むなら、これをみんなに与えよう。」
               ↓
「『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ。』と書いてある。」


こう見てみるとイェス様は本当に強いと感心します。彼だったからこのような言葉によってサタンを打ち負かすことが出来た、と考えることもできます。
しかし、もう一度良く見てください。イェス様のそれぞれ応答の最後に「に書いてある。」というフレーズがあります。実はイェス様によるこれらの応答がどこに書いてあるか今でも見つけることができます。どこでしょう?聖書の申命記です。次のグラフを見てみてください。


「『人はパンで生きるのではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。』」マタイによる福音書4:4
               ↓
「主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたの先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンで生きるのではなく、人は主の口から出る全すべての言葉によって生きることを知らせるためであった。」申命記8:3

「『あなたの神である主を試してはならない。』と書いてある。」
マタイによる福音書4:7
               ↓
「あなたたちがマサにいたときにしたように、あなたたちの神、主を試してみてはならない。」申命記5:16     
「『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ。』と書いてある。」
マタイによる福音書4:10
               ↓
「あなたの神、主を畏れ、主のみに仕え、その御名によって誓いなさい。」
申命記6:13


イェス様はこれらの聖句の意味を知り、覚えていたのでサタンの誘惑にあったときでも罪を犯さず、正しい道を選ぶことが出来たのです。またこの大きな誘惑を乗り越えてから、イェス様は伝道をはじめたのも事実です。私達もイェス様のように聖句の意味を知り、覚えていればサタンの誘惑にあっても、罪を犯すことはありません。なぜなら「あなたの御言葉は、わたしの道の光。私の歩みを照らす灯」だからです(詩編119:105)。

この聖句は暗闇の中にある山道の事を考えると、理解出来ると思います。私達がこの山道を歩くとき、光がないと色々な凸凹に足をつまずけて転んでしまいます。これは私達の人生を歩むなかで、サタンの誘惑にあって罪を犯すという事に当てはまります。反対に光があれば私たち道の凸凹が見えて転ぶことがありません。この光というのは聖書に書かれている言葉一つ一つであり、これらが私たちに真実、正しい道を示しています。聖書の言葉に従えば、正しい判断ができるので、サタンの誘惑があっても罪を犯すことがないのです。サタンの誘惑に勝つ方法、それは神様を頼りにして神様の御言葉、聖書の言葉の意味を知り、覚える事です。そうすれば私たちは正しい事と悪い事を判断できるようになり、神様が私達を守るので、サタンがイェス様から離れ去ったように彼は私達からも離れ去って行くのです。ですから日頃から聖書を勉強し、覚える事は本当に大切なことなのです。

今、何人のクリスチャンが日頃から聖書を勉強して覚えているでしょうか。自分もこの記事を書く前は聖書を毎日読む事は出来ていませんでした。それが原因で正しい判断が出来ずに罪を犯してしまったこともたくさんありました。でもこの記事を書いている間、聖書を読むことの大切さと神様の言葉の強さに気づくことが出来ました。今こそみんなで心を新たにして聖書に立ち返るべきです。クリスチャンとしてサタンの誘惑を乗り越え、神様の愛の世界中の人に伝えましょう。


2012年3月30日 西野貴基





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