2014年5月24日土曜日

マルコ3:1,2 デボーション


今日の聖句:
マルコ312

イエスはまた会堂にお入りになった。そこに片手の萎えた人がいた。人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた。

安息日、イエス様がいつものように会堂に入られると、そこには片手の萎えた人と、息を潜めてイエス様の言動を見守るファリサイ人たちがいました。その男は、イエス様を陥れるためにファリサイ人たちが会堂に連れてきたのかもしれません。安息日に人をいやすという「仕事」をすることは、彼らからすれば立派なルール違反でした。もしイエス様がその人を癒せば、それをきっかけに律法の違反者として訴えることができるのです。喜びの日であるはずの安息日に、神さまを礼拝するはずの場所である会堂で、イエス様への憎しみに満たされた人々は、最も陰険で悪質な策略を用意していたのです。

今日の質問:
宗教的なことをしていながら、心の中では人を批判する思いに満たされていることはありませんか。神さまにささげられるべき時間や場所において、そういう思いに満たされている私たちの心を、イエス様はどんな思いで見ておられると思いますか。

今日の祈り:
イエス様、あなたにささげられるべき時間や場所を、わたしのプライドや罪の思いによって汚してしまうことがないように助けてください。何よりもわたしの心を、あなたにささげさせてください。

もっと深く:
イザヤ11117;マタイ52324;ホセア66

執筆:山地悟
2014/05/24

デボーションメールを受けたいという方がいたら、dailydevotionmail@gmail.comまでご連絡ください。

0 件のコメント:

コメントを投稿