僕は、このままでいいんだ。
だって、イエス様は罪人を救うためにきたんでしょ?
僕はイエス様を信じてるんだから、神さまは僕をこのままの罪深い状態で救ってくださるんだ。
本当に、このままでもいいのでしょうか?
僕たちの救いについて、パウロは結婚のたとえを使って話しています(ロマ7:1-6)。
なぞなぞ風にアレンジしたので、チャレンジしてみてください。
Q. あなたが、ある人(Aさん)と結婚したとします。
一見とても魅力的に見えるAさんの口車に乗せられて、結婚の誓いを結んでしまったあなた。
しかし結婚してから、実はAさんが本気であなたを殺そうとしていることを知るのです。このままAさんと一緒にいれば、あなたは必ず死んでしまう。
あなたは自分のしてしまったことを激しく後悔します。そして、Aさんと結婚するために昔裏切ってしまった、かつてのいいなずけ(Bさん)のことを思い出すのです。
そういえばBさんは、自分のことを本当に愛してくれていたな。自分の幸せを一番に考えてくれていたな。
Bさんと、もう一度結婚することができたら。
しかし、Aさんと結婚の誓いをすでに結んでしまった以上、あなたはBさんと結婚することはできません。二人の人と同時に結婚することは法律でゆるされていないからです。
どうすれば法律に触れることなく、あなたはAさんから解放されて、Bさんと結婚することができるでしょうか?
A.
あなたが一度死んで、生きかえるしかありません。
いや、そんなの無理でしょう。
そう、僕らには絶対に不可能なんです。
しかしそれを可能にしてくださったのが、イエス様なのです(マコ10:27)!!
罪人である僕たちは生まれつき、僕たちを死に定める「証書」と結ばれています(コロ2:14)。
僕たちが救われるためのたった一つの道は、その証書から解放され、イエス・キリストと結ばれることです(1ヨハ5:12)。
どうすればそんなことができるのでしょうか?
それは、十字架でたった一度死なれ、そのあと復活されたイエス様への信仰によって、僕たちも一度死んで、生きかえることです(マタ16:25; ヨハ3:3)。
あなたは、そのままでいてはいけません。
イエス様を信じるということは、
僕たちの生まれつきのままの命を捨て、イエス様が無償で与えてくださる全く新しい命を生きることです(ロマ6:8)。
自分のために生きようとする罪の命を僕たちが捨てるときに初めて、神さまは、神さまと人のために生きようとする、イエス・キリストの永遠の命を豊かに与えてくださるのです(2コリ5:15; ロマ6:23)。
イエス様は罪人を救うためにこられました(1テモ1:15)。
しかし、それは僕たちを罪に結ばれたまま救うためではなく、
死に定める罪そのものから救うためだったのです(ヨハ8:11)。
執筆:山地悟
2014/05/04
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